訪問歯科の目的や条件を確認
訪問歯科の目的と診療内容
訪問歯科は外来受診が困難な患者の口腔機能を維持管理し、QOL(Quality of Life=生活の質)の向上や健康寿命の延伸を目指します。主な患者は高齢者のため、義歯調整や口腔衛生指導、歯周治療などが診療のメインとなります。
出典:中央社会保険医療協議会|訪問歯科診療の評価及び実態等に関する調査結果概要(速報)(案)をもとに作成(最終アクセス:2023年11月8日)
対象患者と訪問先の原則
訪問歯科は原則として、疾病や傷病などにより自力での通院が難しい方にのみ診療をおこないます。訪問先は歯科医院から半径16キロメートル以内の在宅等に限られ、患者の要望で16キロメートルを超えて訪問した場合は保険給付の対象になりません。
訪問診療と往診の違い
計画的かつ継続的に治療やケアをおこなう訪問診療に対し、突発的な事態に対応するのが往診です。どちらも在宅歯科医療であり、歯科の点数表では「訪問診療」にまとめられています。しかし訪問診療と往診では定義が明確に異なるため、それぞれの位置づけを確認しておきましょう。
訪問診療 | 往診 |
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・長期的な医療計画に基づいて、継続的に診察や処置、療養指導などをおこなうこと ・外来診療とは別もの | ・突発的な疾患に対し、応急的に処置や診療をおこなうこと ・外来診療の延長線上に位置する
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診療報酬の制度や算定方法を理解
診療についての保険請求
訪問歯科の診療料はすべて医療保険で請求します。同一の建物(自宅や福祉施設、居住系施設、病院など)に居住する患者を1日に何人診るか、患者1人あたりの診療時間は何分かで算定する点数が異なります。
診療時間に含めないもの
歯科訪問診療料を算定するときは、診療に要した時間を確認できるように実施の開始時刻と終了時刻をカルテとレセプトに記載する必要があります。ただし、以下は診療時間に含みません。
診療時間に含めない
・診療の準備や片付けの時間
・患者の移動にかかった時間
・訪問診療と併せて実施した訪問歯科衛生指導料・歯科衛生実施指導料にかかわる時間
・交通機関の都合など、診療以外の事由で患家に滞在・宿泊した時間
管理・指導についての保険請求
管理・指導の保険請求は訪問先によって異なり、病院や社会福祉施設(介護保険施設等)なら医療保険、居宅や居住系施設なら介護保険または医療保険で算定します。診療料は同一建物の患者を1日に何人診るかで算定区分が変わりますが、管理・指導料は単一建物の居住者を1ヶ月に何人指導するかで区分が決まります。
訪問先の分類
社会福祉施設と一口に言っても、介護施設には医療保険で算定する「介護保険施設」と、介護保険も対象となる「居住系施設」とがあるためご注意ください。患者の入居する施設がどちらに分類されるのか不明な場合は、訪問先に直接確認しましょう。
各種届出を確認
訪問診療開始にあたって必要な届出
保険医療機関として診療している歯科医院であれば、訪問診療をおこなうための特別な届出は必要ありません。ただし、訪問診療の実施にあたって所定の施設基準の届出をするか否かで算定できる点数が異なります。歯科訪問診療料1・2・3の算定に必要な「歯科訪問診療料に係る施設基準(注13)」※は、訪問診療を始める月の前月までに地方厚生(支)局長に届け出るようにしましょう。事前に「注13」の届出をしていないと、訪問診療をおこなっても初診料・再診料に相当する点数しか算定できません。
※「注13」に規定する基準:直近1か月に歯科訪問診療を実施した患者数の割合が9割5分未満であること
「注13」届出有無による歯科訪問診療料の点数の違い
訪問診療に関連するその他の申請・加算
「注13」の手続きと併せて、以下の申請・届出の状況についても確認しておくとよいでしょう。すでに届出済みのものや変更が必要なものもあるかもしれません。
訪問診療に関連するその他の申請・加算
・歯科点数表の初診料の注1に規定する施設基準(院内感染防止対策に関する施設基準)
・在宅療養支援歯科診療所の施設基準に係る届出
・かかりつけ歯科医機能強化型歯科診療所の施設基準に係る届出
・在宅歯科医療推進加算の施設基準に係る届出
・歯科訪問診療料の地域医療連携体制加算の施設基準に係る届出
・歯科疾患在宅療養管理料の注4に規定する在宅総合医療管理加算及び在宅患者歯科治療時医療管理料の施設基準に係る届出
・生活保護法及び中国残留邦人等支援法の指定申請
└生活保護法及び中国残留邦人等支援法指定医療機関指定申請
└生活保護法及び中国残留邦人等支援法指定介護機関指定申請
介護保険サービス提供開始にあたって必要な届出
介護保険の居宅療養管理指導費を算定するには、介護事業所としての「みなし指定」を受けている必要があります。通常、健康保険の保険医療機関に指定された医療機関は、介護保険法による医療系サービスの事業者として指定されたものと見なされます(=みなし指定)。そのため基本的には新たに「みなし指定」を受ける必要はありません。しかし、保険医療機関に指定されたときに「みなし指定」を辞退した場合は「みなしの再申請」が必要です。
訪問歯科の体制構築
歯科衛生士の理解と協力
歯科医院として継続的に訪問診療をおこなっていくためには、スタッフの協力を得ることが何よりも大切です。訪問歯科を始める理由や目的を明確にし、スタッフ、とりわけ歯科衛生士に熱意を持って伝えましょう。訪問診療は歯科医師1名でも可能です。しかし歯科衛生士がいることで算定できる報酬もあるため、訪問歯科の成功に歯科衛生士の存在は不可欠であると考えてください。
歯科衛生士が関わる主な報酬項目
・訪問歯科衛生指導料
・歯科訪問診療補助加算
・通信画像情報活用加算
・在宅等療養患者専門的口腔衛生処置
・歯科衛生士等居宅療養管理指導
・摂食機能療法
基本方針や院内ルールの策定
訪問診療をスムーズに進めるためには院内ルールの策定とスタッフへの周知が欠かせません。以下は訪問歯科を始める前に検討・決定しておきたい基本方針やルールです。
検討すべき5つの項目
1.外来診療とのバランス
・外来診療重視か、外来と訪問の両立を目指すか、訪問診療へ移行するか
・人員や外来診療の状況を踏まえて自院なりのスタイルを決める
2.訪問対応者
・対応する歯科医師は何名か、歯科衛生士や歯科助手も同行するか、メンテナンスは歯科衛生士の単独訪問とするか
3.訪問対応日と移動手段
・外来休診日におこなうか、昼休憩におこなうか、外来診療日を減らして訪問診療日を設けるか
・移動手段はどうするか、交通費は患者に請求するのか
└主な移動手段:徒歩、自転車、公共交通機関、車(訪問診療車、自家用車、レンタカー、カーシェア)
4.依頼がきたときの対応方法
・電話で訪問依頼がきたときの対応方法、メールで訪問依頼がきたときの対応方法、急な往診依頼がきたときの対応方法
・誰がいつまでに何をどうするか
└例:依頼を受けた当日中に事務スタッフが担当のケアマネジャー・家族・患者本人に連絡する、電話の場合は受付時に通院困難な事由を確認する、など
5.会計方法
・支払いの方法はどうするか、誰がいつまでに何をどうするか
└主な支払い方法:口座振替、口座振込、窓口会計、集金
・請求のタイミングはどうするか、誰がいつまでに何をどうするか
└主な請求パターン:診療ごとに会計、月ごとにまとめて請求
器材や受付書類等の準備
器材の準備
いきなり外来診療と同等の器材を揃える必要はありません。まずは自院にあるものを中心に応急処置ができる程度の器材※でスタートしましょう。ポータブルユニットやポータブルレントゲンといった高額器材の購入は、患者数や治療レベルなどの様子をみながら判断します。
※歯科訪問診療料の算定には切削器具の常時携行が必要です
訪問診療で使用する器具・器材の例
照明器具 | 手持ちのライト、ヘッドランプ |
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診査器具 | ミラー、ピンセット、探針、スプーン・エキスカベーター |
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治療用器材 | ポータブルエンジン、ポータブルユニット、ポータブルレントゲン |
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清掃用具 | 歯ブラシ、ガーグルベース、コップ、舌ブラシ、スポンジブラシ、歯磨剤 |
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衛生材料 | 滅菌ガーゼ、ペーパータオル、アルコールガーゼ、新聞紙、ゴミ袋 |
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全身状態チェック用器械 | 血圧計、心電計、パルスオキシメーター |
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書類の準備
契約に関する文書や治療を円滑に進めるための文書、医療保険・介護保険の算定に必要な文書も事前に用意しておきます。
加えて、自院のレセプトコンピューターが介護保険請求に対応しているかどうかも確認しましょう。対応していない場合は、医療保険と介護保険のレセプトを同時作成できるシステムに切り替えることをおすすめします。
スタッフの採用・教育
院内の人員だけで対応するのが難しい場合は、歯科衛生士の増員を検討しましょう。前述のとおり歯科医師1名でも訪問歯科は始められますが、訪問診療を軌道に乗せるためにはやはり歯科衛生士の協力が必要です。フルタイムでの採用は厳しくても、出産・育児等で現場を離れていた歯科衛生士をパートやアルバイトで雇用することで、訪問歯科の安定化を図れます。
同時に、訪問歯科ならではの知識や技術を身につける機会を提供することも重要です。訪問診療の流れや摂食嚥下訓練の方法、要介護者・要支援者の接遇ノウハウに介護保険請求のやり方など、学ぶべきことは多岐にわたります。職種やスキルレベルに応じた研修を継続的に実施できるよう、体制を整えましょう。
多職種との関係づくり
訪問歯科の患者はなんらかの疾病や障がいを抱えているケースが多いため、治療やケアを安心安全におこなうためには、主治医をはじめとした多職種との情報共有が欠かせません。地域包括支援センターやケアマネジャーなどを仲介役として、医療・介護・福祉機関と常に連携できる体制を構築しましょう。
訪問歯科が連携する主な職種
医師、看護師、薬剤師、ケアマネジャー、介護福祉士・ヘルパー、生活相談員、言語聴覚士、理学療法士、作業療法士、管理栄養士
多方面から集患
既存患者に案内
まずは院内に訪問歯科のお知らせを掲示し、通院患者に訪問診療を始めたことを周知します。チラシやパンフレットを用意して待合室に設置するのもよいでしょう。リコールハガキに訪問歯科の案内を記載するのもひとつの手ですが、2、3年間通院がない高齢の患者には電話でお知らせするほうが効果的です。
介護施設等への営業
ケアマネジャーがいる居宅介護支援事業所や介護施設に挨拶回りをすることも大切です。地域包括センターや役所へ行けば、近隣にある介護事業所のリストを入手できます。既存患者にデイケアやデイサービスなどを利用している方がいる場合は、担当のケアマネジャーを紹介してもらいましょう。
ホームページ・SNSでアピール
ホームページやブログ、SNSによる情報発信も有効です。患者の多くはインターネットに不慣れな高齢者ですが、実際に歯科医院を探すのは患者本人ではなく家族や関係者だからです。診療内容・時間、訪問対象エリア、受付方法などはもちろん、自院ならではの強みやスタッフ情報も積極的に伝えましょう。
訪問歯科で成功するために
すでに外来診療をおこなっている歯科医院であれば、訪問診療を始めるにあたって大掛かりな準備は必要ありません。とはいえ訪問歯科を軌道に乗せるためには、スタッフ教育や集患・増患、多職種との関係構築など、さまざまな取り組みを並行して進めなければなりません。
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